紅茶の科学2026年6月9日

紅茶の9割は「水」でできている——軟水・硬水で、なぜ味が変わるのか

ガラスのカップに注がれる湯と立ちのぼる湯気

前回、温度が紅茶を支配すると書きました。今回はその一歩手前、もっと根源的な話をします。です。

一杯の紅茶は、重さの99%以上が水です。茶葉はわずか数グラム。つまり私たちが「紅茶の味」と呼んでいるものの大部分は、実は水の味だと言っても言いすぎではありません。それなのに、水を意識して紅茶を淹れる人はほとんどいない。ここに、誰も触れていない深さがあります。

硬度とは、水に溶けたミネラルの量

水の「硬度」とは、その水にカルシウムとマグネシウムがどれだけ溶けているかを示す数値です。これが少ない水を軟水、多い水を硬水と呼びます。日本の水道水の多くは軟水、ヨーロッパ、とくにパリやロンドンの水は硬水寄りです。

このミネラルの差が、紅茶の抽出をまるごと変えてしまいます。なぜなら、カルシウムやマグネシウムは、紅茶の主役であるタンニンと直接結びつく性質を持っているからです。

硬水で淹れると、紅茶に何が起きるか

硬水に多いカルシウムは、抽出の過程でタンニンと結合します。すると二つのことが起こります。

ひとつ、水色(すいしょく)がくすむ。タンニンがミネラルと結びついて沈むため、本来の冴えた紅色ではなく、やや暗く濁った色合いになります。紅茶の表面にうっすら膜のようなものが浮くことがありますが、これもミネラルとタンニン・脂質が結びついた現象です。

ふたつ、香りと味が抑えられる。タンニンや香気成分がミネラルに「捕まって」しまうため、本来抽出されるはずだった華やかさや渋みの輪郭がぼやけます。硬水で淹れた紅茶が「まろやか」と感じられることがありますが、それは角が取れたというより、成分が出きっていない状態に近い。

軟水は紅茶の個性を素直に引き出し、硬水はその個性を包み込んで丸める。どちらが正しいということではなく、何を見たいかの違いです。

日本の水道水は、実は紅茶向き

ここで朗報です。日本の水道水の多くは軟水で、紅茶を淹れるのにかなり適しています。茶葉本来の香り、冴えた水色、渋みの輪郭——軟水はそれらを素直に映し出してくれる。わざわざ高いミネラルウォーターを買う必要は、多くの場合ありません。

ただし一点だけ注意があります。日本の水道水には消毒のための塩素(カルキ)が含まれており、これは紅茶の繊細な香りを邪魔します。対策は単純で、汲みたての水を、勢いよく沸かすこと。沸騰させると塩素は揮発して抜けていきます。前回「汲みたてを勢いよく沸かせ」と書いたのは、対流のためだけでなく、この脱塩素の意味もあったのです。

茶葉ごとに、合う水は変わる

突き詰めると、水は茶葉との相性で選ぶものになります。

ダージリンやヌワラエリヤのように、繊細で香り高い茶葉は、軟水でこそ本領を発揮します。ミネラルに邪魔されず、香りがまっすぐ立つ。

一方、ロンドンで愛されてきた濃厚なブレンドや、ミルクティー前提の力強い茶葉は、もともと硬水で飲まれることを前提に作られてきた歴史があります。だからこそ、それらをあえて硬度のある水で淹れると、現地の味に近づくことがある。紅茶のブレンドには、その土地の水の記憶が刻まれているのです。

明日の一杯を変える、二つの実践

ひとつ、まず軟水(日本の水道水でよい)を基準にすること。茶葉の素の味を知るには、余計なミネラルのない水が一番です。そこから始めれば、その茶葉が本当は何を持っているかが分かります。

ふたつ、汲みたてを、ぐらりと沸かすこと。塩素を飛ばし、対流を生む。たったこれだけで、同じ茶葉が見違えます。

茶葉を変える前に、水を変える。本物は、カップの外から味を作り始めます。次は、その水に注ぐ茶葉そのもの——「茶葉のグレード表記」が何を意味しているのか、あの謎めいたアルファベットの暗号を解きます。


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